高校・大学・語学の海外留学で進路を支援する学習塾のネットワーク【ISC留学net】

お気軽にお問い合わせください。(ISC留学net本部)

050-3786-0602

大場代表
ISC留学net代表兼LHE取締役会長
大場 規之OBA, Noriyuki
毎月10日更新

ナガサキ

 

昨日8月9日は長崎原爆の日でした。
この日は私にとって一つの思い出の日です。

私の息子が高校1年の夏休みに九州への一人旅をした際に、長崎のユースホステルに宿泊をしたのがこの原爆投下の日だったとのこと。そこには、海外から多くの若者が“ナガサキ”のことを知りたいと旅で集まって来ていたそうです。
息子は当時、原爆の事には全く関心が無かったようですが、世界からそうして若者が集まってきている事、そして、国は違えども皆が原爆や戦争のことについて英語で様々な情報交換や意見交換をしている光景がとても印象的だったようで、英語力が十分でなくて会話にほとんど参加できない自分を恥じて、その旅から帰って来るや否や「留学をしたい」と言い出したのです。
それまでは、大学で留学をしたいと言っていた息子でしたが、そのことがきっかけで高校留学をすることに急きょ方向転換をしたのです。その後、日本の大学に在籍しながらタイの大学に留学するなど、今でも海外の学生達との交流に関わっています。英語力の上達はさほどではないようですが・・・(涙&笑)
8月9日のナガサキの日を迎えるたびに、息子の転機となったその夏を思い返すのです。

そんな思い出のある“ナガサキ”の事ですので、ここ数日様々なメディアを通じて見聞きする戦争や原爆の話が、より一層心に沁みて来ます。

「長崎原爆の日」の平和祈念式典で「平和への誓い」を読み上げる被爆者代表の選出方法として、長崎市は初めて公募をしました。そこで選ばれたのが、被爆した長崎を撮った写真4千枚超を集めたり調べたりした同市在住の深堀好敏さん(88歳)。
昨夜のニュース番組で放送された深堀さんの「平和への誓い」と、それまでの活動についてのドキュメンタリーを見ましたが、涙しながらご覧になられた方も多かったのではないかと思います。16歳の時に爆心地から約3.5キロの学徒動員先で被爆した経験や、収拾した「写真の持つ強い力」。昨夜の映像が焼き付いています。

そして今朝のラジオでは、長崎で被爆し、その後愛知県に移り住んだ高井ツタエさん(78歳)のインタビューが放送され、“原爆被害者への偏見と差別”が、どんなに惨いかということを、夏の晴天の朝、車を運転しながら心に刻みました。
被爆者であることを、夫や子供達、そして孫たちにも隠し通して生きて来なければならなかった現実が、原爆や戦争の悲惨さだけではなく、“ヒト”の怖さをも、淡々とした語りから強烈なメッセージとして受け取りました。そして、それは、6年前の東日本大震災でも“フクシマ”からの避難者に向けられた偏見や差別も思い出させるものでした。

こうして、戦争や原爆、被爆の真の恐ろしさを直接伝えてくださる方々は年々減少し、いずれはいなくなってしまう事は自然の摂理としてやむを得ないことですが、それが無くなってしまった時に、後世に本当に伝えられるのか、とても心配になりました。
88歳というご高齢で、暑い中、演壇にも付き添い者に付き添われて登壇された深堀好敏さん。公募に応募されたのも、“今自分たちが伝えなければ誰もいなくなってしまう”という危機感からなのでしょう。
戦争を起こすのも人、核爆弾や化学兵器を作り使うのも人、被害を受けるのも人、そこで生じる差別や偏見も人。
醜い歴史が繰り返されないことを願うだけです。

2017.08.10
大場規之