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大場代表
ISC留学net代表兼LHE取締役会長
大場 規之OBA, Noriyuki
毎月10日更新

サッカー W杯

日本にとってのワールドカップが終わりました。

とても残念な結果ではありましたが、多くの日本人が日本を背負って戦う選手に声援を送り、勝利を願って盛り上がりました。これも一つの愛国心の現れと言っても良いでしょう。

私は、海外に出ると、または、海外に住んでいたころ、良く感じたのは、様々な国の人々がいかに自分の国を愛し、誇りに思っているかという事でした。そして、自分の国のことを良く知っていました。 歴史や文化、偉人のことなど、学校で学んだことや、親や祖父母から語り継がれている事などを、よく教えてもらいました。 彼らが、そうした誇れるものを胸に抱き、母国を愛している姿を見せる事は、私にはとても新鮮で、刺激的でした。

その一方で、海外に出始めた10代後半から20代前半の私はと言うと、日本のこと、例えば文化や歴史を全く知らず、日本のことを語るに足る、内容も言葉も持っていませんでした。 また、誇って語る自信もありませんでした。そして、20代後半以降は、その自分が恥ずかしくも感じたものです。

そんな、日本人として自信を持って母国を語れない惨めな自分が、ある時少し変化しました。
それは、私が確か28歳で、フランスに仕事で赴任していた年のことです。

その年は、雲仙普賢岳の噴火による火砕流、台風17号が九州地方で、さらに19号が東北地方で、大きな被害をもたらしました。

フランスのテレビから放映される、山、川、家、農作物、そして、多くの人命の被害。
なんと自然災害の多い国だろうかと。国外から見ながら、改めてその環境の厳しさを知ったのです。フランスを含め、西ヨーロッパ諸国では、私が住んでいた数年では、そんな多種多様な自然災害被害が次々と襲うような国を、見たことがありませんでしたから。

そして、そうした災害にもめげずに復旧作業に懸命に取り組み、見事に立ち直ってゆく日本国民のたくましさは、心から誇りに思えましたし、そうした災害に負けずに立ち直る課程で、世界一の土木技術が生まれ、防災技術が生まれてきたのだと、その技術力の裏付けの奥深さも感じたものです。
それ以降、私の日本への愛国心はとても強くなったような気がします。

今朝の新聞のコラムで、50年前アメリカに留学をしたニューヨーク大学教授である筆者が、「当時は一度国を離れたら10年日本には戻れない覚悟で渡米した。3年ほど経過した時にシアトルで日の丸をつけた日本の貨物船を見た時に、なぜか涙が出て、郷愁の念と共に、日本人であることの再認識と、日本への想いを改めて感じた」 という文章がありました。

海外に出ると、その内容は様々ですが、日本への愛国心が強くなることは少なくありません。

私が、30代後半のころ、ある大勢集まっている公の席で、「愛国心を是非育てましょう」と言った時、閉会後、大先輩が私の所にやって来て、「話の内容は良かったが、『愛国心』という言葉はださない方が良い。日本では、右翼か何かと間違えられるぞ。」と注意を受けました。
とても残念に思いながらも、それ以降は、愛国心と言う言葉はほとんど使わないようになりました。

それから、10年以上が経過し、経済的にも社会環境的にも厳しい時代が続く中で、「日本の自信を取り戻そう」といった雰囲気が少し出始め、次第に愛国心と言う言葉が、政治などの世界でも使われるようになりました。そして、今回のワールドカップなどでも、愛国心を持った応援が多くなっていると思います。

その愛国心が、表面的なものだけではなく、日本を、自信を持って語れるだけの、本物の愛国心であること、または、そうしたものに育って行ってほしいものだと思うのです。
それは、自分の一つのよりどころとなるだけではなく、世界で胸を張って生きてゆける力にもなりますから。

大場規之
2014.6.25