高校・大学・語学の海外留学で進路を支援する学習塾のネットワーク【ISC留学net】

お気軽にお問い合わせください。(ISC留学net本部)

053-449-6661

大場代表
ISC留学net代表兼LHE取締役会長
大場 規之OBA, Noriyuki
毎月10日更新

令和に想う

 

令和元年。あけましておめでとうございます。
毎年の新年明けてのご挨拶では慣れた言葉ですが、新元号スタートの際にもこの言葉が正式な挨拶に使われるようです。
この令和が良い時代になるように心から願っております。

さて、この令和。
英訳するとどうなるかというのがいろいろと話題になりました。
“令”は、命令の令、又は秩序を表すという意味で、”order”を用いて、order and harmony とイギリス国営放送BBCが訳しました。
それを受けて日本国内では、安倍政権の強権的な姿勢を示していると過敏に反応する人たちもいて、日本政府は、外務省発信として beautiful harmony と訳すことを4月3日に表明しました。
令和を名付けた背景として、令息・令嬢などに使われる“令”にふさわしい英語訳が ”beauty”だという事です。

皆様はどちらがよりふさわしいと思われますか?

私は、4月1日に令和と発表された際に、直ぐに思い浮かべたのは、秩序・命令に近い“令”の意味で、どちらかといえば前述のBBCの訳に近いもので、正直なところ、美しさというイメージは強くは感じませんでした。
ただ、元号として考えた際には、政府が説明している方向性の方が良いのだろうと思っています。
したがって、私としては、結果的に・・・ですが、beautiful harmony という訳を推すことになります。

ところが、そう考えた時に、今度は、この令和の時代、“beauty” を求める時代で良いのだろうか? という想いが私の中にこみ上げてきました。

10連休で話題になったこのゴールデンウィーク。
古いビデオ録画を見る機会があり、地デジが始まる前のアナログのテレビ番組を目にしました。
大画面で久しぶりに見たアナログの映像。
その映像は、地デジに慣れた私達には、驚くほど鮮鋭さの無い“荒れた画面”として映っていました。
しかし、ほんの20年前までは、それが当たり前で、何も不思議に思わなかった事に、慣れの怖さとして驚きました。
そして、今の地デジの美しさから比べると、とても見られたものではないとはいえ、当時はその状態で良しとされてきたわけです。

考えてみると、私たちは、美しさや綺麗さが、もっともっとと求められる社会に適応しようと必死になってきました。その為に皆がすさまじい努力をしてきたと思いますし、その綺麗さや美しさを競い実現してきました。
また、世界からも日本のそれを大きな価値として認められてきました。

しかし、地デジが出来たことで“きれいに映りすぎる対策として地デジメイクが登場”するなど、笑えるようなものも含め、そうした美しさに対して、これまで以上により繊細が求められるようになってしまいました。

アナログテレビの時代は、鮮明に映らないが故の緩さがあって、“ほどほど”で許されてきたものが多くあったのだと、今にして気づかされます。
また、世の中全体が、今よりも“ほどほど”で構成されてきたがゆえに、いろいろなものに許容力があり、“なんとかなる社会”が出来上がっていたのだと思います。

今はどうでしょうか?
皆が皆、地デジに代表される様にその先鋭さを求め、洗練を求め、美しさが求められるようになってしまいました。
人は完全ではないがゆえに、そうした先鋭さが全てに求められると、それに対応しきれない部分が出てくるのも当然です。
現代社会の様々な部分に生じているひずみや問題も、そうしたところが大きくかかわっているのではないかとも感じます。

私たちは、今の時代だからこそ、精鋭さ・鮮鋭さもさることながら、今一度、“緩さ”について考えて、その緩さを上手く生かせる社会が必要なのではないかと思うのです。

特に、私たちが接する子供達には、“鋭さ”はともかく(これは社会から必然的に求められる時代ですから)、それ以上に、意図して、“鈍(鈍さ)・太さ”を伝えてゆかなければならないのではないかと、この令和のスタートに当たり考えさせられました。

このブログも今回で200回を迎えました。
よく続けて来られたと思います。「読んでるよ」と言って頂く皆様に支えられたお陰と感謝しております。
いつまで続けられるかわかりませんが、あと半年は(笑)、何とか頑張ろうと思います。

令和が皆様にとって良い時代になります様に!

2019.05.10
大場規之