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大場代表
ISC留学net代表兼LHE取締役会長
大場 規之OBA, Noriyuki
毎月10日更新

分岐点

 

今日は祝日でしたが、お客様との約束で会社に向かいました。
お盆休み期間でもあり祝日ですし、いつもと違う道を行ってみようと、分岐を右折して国道一号線のバイパスへの進入路に入りました。すると通常なら車の殆どいない上り坂のランプウェイに長蛇の車の列が・・・。いつもより早いルートをと思って選択したつもりでしたが、どうやら本線で渋滞が発生している様子。。。。。バイパス故に抜け道もなく、その渋滞を抜けてゆくしかありませんでした。
幸い約束の時間には余裕があり、予定よりも遅れて会社に到着という程度で大きな問題はありませんでした。
いつもと同じルートを通っていればこんな渋滞にはまることも無く、早く会社に着けたかもしれません。。。なんだか出端をくじかれたような気持で一日がスタートしました。

この世に生を受けて57年。考えてみれば、数限りない分岐を右に、左に選びながら生きてきました。

今日はあの分岐を右折してバイパスに乗ったが故に渋滞にはまり、貴重な時間をロスしたような気がしました。でも、もしいつもと同じルートを通っていれば何か大きなアクシデントに見舞われていたかもしれません。

分岐を右に、左に・・・場合によってはUターン・・・といったことを繰り返しながら人は生きてゆきます。
その分岐が、人生を変えるようなとてつもなく大きいこともありますし、小さいこともあります。

例えば私の場合。。。そうそう・・・ちょうど40年前の話です。
高校2年の夏休み明けにケガをして3か月ほど入院しました。退院後、補習を受ければその学年にとどまってそのまま卒業できたのですが、なんだかその学年にかろうじてぶら下がって付いてゆくような気がした為、あえて留年を選択しその学年を休学することを決めました。
そして、退院後、休学によって生じた空白の3か月(1981年1-3月)を利用して、親に無理を言って生まれて初めての海外経験となるアメリカでのホームステイ体験を実現しました。 まだ日本からアメリカへの直行便も少ないころで、ハワイ経由で長い時間をかけて夢見るアメリカに向かったことをつい最近の事のように思い出します。

その時のアメリカでの体験は今でも忘れることができません。
自分の英語が役に立たずに意思疎通が難しい中で自分が生きてゆく必死さ。
女性がバスやゴミ収集車の運転手をしているなど耳にしてはいた男女平等社会への驚き。
昨日までバリバリ仕事をしていたようなスーツ姿の人が路上で物乞いをしているという社会の厳しさ。
などなど。
数え上げればきりがありませんが、その時の経験は、その後の私の人生に影響を与えた原体験だったような気がします。

あの時にケガをしなかったら・・・
あの時に留年せずに元の学年にとどまっていたら・・・
3か月の空白期間を日本で過ごしていたら・・・

今の自分はどうだっただろうかと想像します。
留学道などという言葉や考えを広めるような活動はしていなかったかもしれません。
今のような多様で魅力的な仲間に巡り合えていたでしょうか。。。
機械いじりが好きだったのでエンジニアになっていたかもしれません。。。

 
私たちは、日々起こることを右に左に選択しながら人生を形作ってゆきます。
今日家に居ようという選択も、出かけるという選択もできます。
一方で、時間を巻き戻して過ぎてきたことを白紙にしてやり直すことはできません。
しかし、経験を生かして、新たに再挑戦という形でやり直すことはできます。

たった今この時も、さまざまな選択をしながら人生を歩み続けています。
自分の選択してきた道を肯定し、これからも右に左に・・・迷いながらも前向きに選択し、進んでゆく楽しみを見つけてゆきたいものです。

そして、次代を担う子供たちには、多くの可能性に満ちた選択肢を、たくさん用意してあげる事。
更に、子供たちが選んだ道をたくましく歩めるように見守ってあげる事。
私たち親世代の役割なのだろうと思います。

今朝の分岐点での選択では、渋滞で時間はロスしましたが、こうしてブログネタもできて(笑)、結果は良いものであったと思うことにします。

2020年8月10日
大場規之